海外リポート (2

―海外における掌蹠膿庖症の現況―

カナダ(バンクーバー)から秋田への道のり

カナダ在住 N・N 女性 38歳

  今まで人に挨拶代わりに元気ですかときかれると、心の中に影が出来、一瞬のためらった後に元気ですと返事をしていました。自分は健康とは言えないと気付いて、もうかれこれ5年が過ぎようとしていましたが、死ぬような病気ではないらしいという事だけはわかっているものの、いったい身体のどこで何が起きているのか見当もつきませんでした。医者に行けばどこも悪くないと言われる以上、決して病人ではなく、病は気からで精神的な問題なのだと自分に言い聞かせながらも腑に落ちない日々でした。

  10年前、右膝が痛み出し、3ヵ月後には足を引いて歩くようになりました。いくつも整形外科を訪ね、検査をするのですが原因は不明。4件目の病院で、膝のお皿の裏の軟骨がザクザクに荒れていて、神経にあたっていたのが痛みの原因で、これは手術で同時に滑らかに削るという対処策がとられました。原因は不明で、経過も予測がつかないものだったため、5年間経過観察のため最低1年に一度は病院に行きました。

カナダの旗   95年にカナダ移民になった時には膝はまだ全治はしておらず、海外居住を選んだ理由の一つに将来障害者になった時の暮らしに困らないというのがありました。カナダは税金が高いので福祉が行き届いていて、公共施設を始め全て車椅子対応になっていますし、一般の住宅もバリアフリー構築です。将来は車椅子生活もあり得ると言われていた私はカナダに住む限り、車椅子人生も悪くないだろうと思いました。同時に身体を使う仕事はもう出来ないとも言われていたので、何か手に職を着けなくてはと思い、大学に行こうと、カナダ永住権を取得したのです。

  97年、ある日突然首が動かなくなりました。鏡を見ると首が肩の上に載ってるという感じ、ところがそれが傾いていてきちんと載っていないのでとてもおかしな姿でした。その年の秋から非常に体調が悪く、そして足にはすごい水虫(思っていました)。英語がまだ達者ではない私は日本人のドクターを探し、診察を受けました。血液検査の結果は全くの健康といわれ、運動不足が原因なので水泳をするようにと指示されました。しかし、日々の生活にも困るのに水泳なんてできるはずもない私は、この後いろいろな素人療法を試してみるのです。

  まず、漢方。中国人の友人に連れて行かれた漢方医は、2つある臓器の左右のバランスが悪いと診断します。ホルモンのバランスの悪さが原因だそうで、ウサギのうんこのような黒い薬を毎日飲みました。しかし薬が正体不明なこと(漢方医はそれが自分の治療法といって絶対に明かしません)、10日分で60ドル(5千円位)でしたが保険が利かず止めました。その後、絶食療法、プロポリス&ビタミンC、お灸、青汁、りんご酢などを安全な範囲以内で試みました。又、お灸をする方法を教わり自分で毎朝お灸をしました。しかし、どれをとっても根本的な解決にはならなかったと言うのが結論です。

  カナダの医療はすべて国の運営で行われていますから、健康保険は1ヵ月1人一律36ドル(約3千円)を払うと歯科医以外は全て無料になり、低所得者はこれさえ免除になります。処方箋のお薬は自己負担です。まずファミリードクターと呼ばれる一般医に主治医になってもらい、問診後必要とみなされた場合、専門医(皮膚科、耳鼻科、産婦人科など)に予約を取ってもらえます。一回の予約でドクターに訴えられる症状は2つまでとされています。又、医療分散で、レントゲン写真を解説する専門医が検査結果の書面をファミリードクターにFAXで送ります。ファミリードクターはレントゲン写真を見ることなく、それを患者に伝えます。

  今年5月の末から足に水泡が沢山出来、体調も悪くなり、日常のどうしてもやらなくてはいけないことだけをこなし、それ以外は寝ていました。今度こそ秋になって新学期が来ても休学せざるを得ないのではないかと思い始めていました。そんな時に水虫の治し方の掲示板で掌蹠膿庖症という病名を知り、アキタコマチさんのホームページに辿り着き、中でも免疫障害という言葉が大きくひっかかったのでした。

  8月の中旬ころ、ひどい頭痛の後に首が動かなくなってしまい、マッサージに通い始めたのですが、これが快適ではなくすごく苦痛でした。揉んで貰っていたある日、あなたの首アースライティス(リウマチなどの関節の疾患をグループ化していう病名)じゃないかしらといわれ、アースライティスってなんだっけと思いながら帰路に着く途中リウマチだぁと気付き、それからはもう不安で夜も寝られない日々に突入しました。

  友人から紹介された新しいドクターの診断の結果、リウマチの可能性はかなり高いので、レントゲンを撮るようにと言われました。私の首の画像に、周りにいた技師さんがすべて集まり「あら〜この人の骨って・・・」みたいな事を言いながら見入っていました。素人の私からみてもその首の骨はクネェ〜と曲がっていました。そんな中、新しいファミリードクターは夏休みに入り、結果を聞くのは2週間後、でも私の手には既にリウマチの進行を抑える薬の処方箋が渡されていました。

  秋田病院を受診して、なによりも最初に申し上げたいのは、受診して本当に良かったということです。掌蹠膿庖症という診断をどこからも貰っていなかったので、もし掌蹠膿庖症でなかったらという不安はありましたが、この可能性にかけてみようと思いました。先生の病気の説明に背筋がゾクゾクする思いの私とは裏腹に、先生がウキウキして見えました。今に思うと、先生にとってはこの病気なら治せるという喜びが、私にはウキウキに見えたのかもしれません。もし放って置いたらという説明では、怖さに全身が震えるほどでしたが、先生がにこにこ笑って「治るよ」と言ってくださり安心しました。

社交ダンス   秋田に行った頃は膝が痛くて、歩くのも困難でいつも手すりに頼るか壁際を歩いていたのですが、今は普通に歩けるようになりました。この時点で既に、健康である事はなんて幸せなのだろうと思う日々です。全快までには時間がかかると先生に言われましたが、全快というのはこれよりもっともっと調子が良くなるということで今はちょっと想像できません。秋田に行くまでは先のことを考える時は必ず今より悪くなると言う前提でした。しかし今は3ヵ月後には仰向けで寝られるようになるのだろうかとか、来年の友人の結婚式までに社交ダンスを習おうかとか、希望で満ち溢れています。

  最後になりましたが、ホームページの主である最上谷さんを始め、ホームページのアンケートに答えてくださった皆様に心からお礼を申し上げたいと思います。私が掌蹠膿庖症かもしれないと思い、前橋先生を受診するきっかけを与えてくれたのは秋田病院を既に受診した患者さんからの投稿です。本当にありがとうございました。前橋先生を始め、秋田病院のスタッフの方々にも心よりお礼を申し上げます。元気な姿で皆さんとまたお会いできる日を楽しみにしています。

                                 

September .30 .2001


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